
こんにちは、ツツジです。
今回は、私が今の師匠と出会い、
会社を退職してから、
本格的にネットビジネスの世界に
足を踏み入れるまでの
物語を紹介したいと思います。
どこにでもいる平凡(?)な
ブラック企業の会社員だった私が、
年収1億円超えの20代実業家である
師匠と出会い、
人生が180度変わった物語。
ビジネスを知り、
自分の力だけで生きていけると確信した
私の物語です。
ビジネスに対しての固定概念をくつがえす、
なかなか面白い話だと思うので、
ぜひ読んでみてください。
ツツジの物語(ビジネス編)
それは休職期間の終盤。
すでに退職届けを会社に出し、
会社からの貸与品を返す、
いわゆる「最終出社日」であった。
―――都内某所。
ここは、
「さっきまで」
私が所属していた会社のビルの中。
その人事部の横に併設された面談ルームに私はいる。
4人も入ったらいっぱいになる、
この狭い部屋は、部内では
「お仕置き部屋」という異名を持っている。
「(まぁ、お仕置きされにきた訳じゃないんだけど…)」
そう思いながら、
私は人事部長の前の会議用机の上に
社員証などの返却物を並べる。
「本当に辞めるんだなぁ。。残念だ」
そう語る人事部長。
実は10年前。
彼は、私が新卒でこの会社に入社した際に
最終面接をした面接官の一人だった。
「最初から最後まで、
ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
ブラックな職場から抜け出すとき、
私は直接人事と総務に掛け合った。
その結果、休職という手段を取れたのだが、
その際、彼にはとてもお世話になっていたのだ。
感謝してもしきれない。
「もう10年、時間が経つのは早い。
…半年前に会った時より元気そうで何よりだ」
「先のことは・・・君の事だ。
何かしら考えているんだろう」
若干心配そうな顔をしていたが、
努めて平静を装っているのが分かる。
「大丈夫です。体調さえ元に戻れば」
この時、私はすでにネットビジネスで
ある程度の収益を上げていた。
モチロン、不安が無いわけではない。
でも、体調さえ万全であれば、何とかなる。
それだけの貯蓄も多少は用意した。
「そうか…わかった。
外に行っても頑張ってくれたまえ」
そう言って、静かに送り出された。
会社の受付を横目で見ながら、
入り口のエントランスに出て、振り返る。
上司には、休職に入ってからは会っていない。
すべて人事部経由でのやり取りだ。
それにはまったく後悔はない。
それに、
「一度きりの人生。
自分の生き方は自分で決めたい」
「自分の時間を興味のない事で使われるのが
たまらなく嫌」
その思いはずっと前からあった。
でも、
「会社員だから我慢しなきゃ」
と思って生きてきた。
そんな10年。
もう完全に限界だった。
自分に嘘をつき続けるのは。
特に心を病んで、精神がどん底になってから
その心のリミッターが完全に崩壊したのを感じる。
「我慢しても何の得にもならない」
という事に気がついたのだ。
それからは、
どこか生きることに貪欲になれた気がする。
昔は、
本当にゾンビのような生き方をしていた。
毎日が「食べていくためだけ」の労働。
仕事にまったくやりがいを感じずに、
連日が終電とタクシー帰りで
毎朝早朝から仕事に向かう日々。
自分は何のために働いてて、
何のために生きているのか。
それすらもよく分からなくなるくらい、
危うくなっていた時期もあった。
そのような経験を経ると、
人身事故が起こる原因ってのも
よく分かった気がした。
それくらい不安定な精神状態の中。
何度も、何度も、
繰り返し、
「自分は何のために働き、
何を得て、何をしたかったのか」
それを必死に、
考えて、考えて、
考え抜いた。
その結果。
答えは実はとってもシンプルなものだった。
——-
どうしてもお金が欲しくて働き、
自由を得て、
家族とのんびり、
何不自由なく暮らしたかった。
——-
そう。
どこにでもある普通の、
誰もが求め、欲しがる当たり前の願い。
それがただ欲しかっただけだった。
だけど、それは会社員では手が届かない。
それはあらゆる情報からも明らかだった。
それを知ってからは、
会社に関わるあらゆる仕事が、
「自分にとって不必要なモノ」
と、頭の中で判断を下すようになった。
「納得のいかない仕事は避ける」
「意味のない仕事はやらない」
「会社の飲み会はスルーする」
「定時で逃げるように帰る」
そんな行動を普通にするようになった。
どう考えても、
もう会社員向きの考えは出来なかったのだ。
上司には恐らく、
「コイツ、頭がおかしくなったのか?」
と思われてたと思う。
それでも構わなかった。
会社にいる上司や同僚たちの人生は、
会社と仕事を中心にまわっていた。
それは、
家族や恋人、友人との時間よりも
子供の成長を見守るよりも
休日を楽しむよりも
「仕事を第一に考える生き方」
だったのだ。
そして過去の自分もそうだった。
でも、
「これが本当に、自分の望んだ人生なのか?」
そう自分に問いただすと、
“それは断じてない”
と即答できた。
それが私のホンネ。心の声だった。
それに気づいてからは、
まったく仕事に身が入らなくなり、
同僚にも迷惑を掛けたりして、
本当に申し訳ない事をしたとも思ってる。
でも、
今の状況に甘んじてても
これから先、
幸せになれないことは明らかだったから、
「仕事中心の生き方に終止符を打つこと」
これに後悔は一ミリもなかったのだ。
エントランス横で立ち止まり、
今一度、これまでの10年を振り返る。
自分の人生、それも10年もいた会社。
良い事も。
悪い事もたくさんあった。
仲の良い愚痴の言いあえる仲間も出来たし、
素晴らしい先輩にも会えた。
一般的な会社のルールも知れたと思う。
逆に、環境が最悪だと、
人間関係もその場の空気も
何もかもドンドン悪くなる事も学べた。
そして今、自分が労働者としては
致命的に使えないことも理解できた。
一瞬、
最後に仲間たちにあいさつに行こうか
悩んだが、やめておいた。
もう休職してから半年近くも経っている。
もしかしたら自分の知っている仲間たちは
もういないかもしれない。
それくらい変化が激しい職場だった。
「大丈夫。またいつでも会える」
そう思って、
回れ右して駅に向かって歩き出した。
それが私の、
会社員としての最後の日であり、
起業家としての始まりの日。
明日からは24時間365日。
自分と家族のために時間を使う。
そう思いながら。
回想:師匠との出会い。お金を稼ぐ仕組みの構築
それは会社を退職する
半年ほど前にさかのぼる。
当時、ネットビジネスを始めて1年目。
その間、私はほぼ独学で
ネットビジネスに挑戦し続けていた。
ただし・・・。
結果は本当にひどいモノだった。
半年以上やってても、
全く稼げていなかったからだ。
というのも当然で、その時は、
「とりあえず毎日、記事をあげよう」
という考えだけを優先し、
毎日毎日、誰も読まないような、
つまらないトレンド記事を
量産していたからだ。
そこから発生するアクセス数は、
常に1桁台。
今思えば、自分のアクセスが
カウントに入っていた可能性すらある。
それくらい「集客のいろは」を
理解していなかったのだ。
・・・今になって思うが、
独学は本当に“時間的リスク”が高い。
確かにインターネットには
無料で様々な情報が手に入る。
だがそれも、玉石混交。
つまり、良いものもあれば、悪いものもある。
それを手当り次第、
取り入れていたのが当時の私だった。
今の自分とは完全に真逆と言える。
ビジネスの基礎を理解した
今の私が思うこととしては、
「インターネットは情報がありすぎて、何を、
どうすれば良いのかがわかりにくい」
という欠点があるのだ。
例えるのであれば、レゴのブロック。
バラバラのブロック1つ1つは見て分かる。
そして、完成形も見て分かる。
でも、そのレゴブロックを
「どう組み合わせて、
完成形を作るのかがわからない」
と言う状態に陥ってしまうのだ。
インターネット“だけ”の情報で
ネットビジネスを行う場合は特にそう。
断片的な知識はあるにも関わらず、
使いこなせていない場合が本当に多いのだ。
当時の私もその罠に見事にハマっており、
積み上げたブログの記事(レゴブロック)が、
いびつな形のオブジェを作っていたのである。
これでは誰も見向きもしないのも当然だった。
そんな状態だった私を変えたのが、
今の師匠のブログだった。
師匠のブログに出会えたのは、
完全に「偶然」であった。
もしくは、検索という「試行回数」が
生んだ奇跡かもしれない。
いずれにせよ、
その師匠のブログとの出会いが
私の人生を大きく変えていったのだ。
師匠は、
・10代で起業し、20代後半の今では3つ以上の事業を並行でこなしながら、後進の育成に励んでいる実業家。年収は数億。
・働かなくても、勝手に会社が回る仕組みを構築しているので、寝ていても自動的に収益が生まれる状態になっている。
・ブログをはじめとした複数メディアを運営をしつつ、システム開発業やプロモーション事業、飲食店経営に指示を出す凄腕経営者。
・現在はトレード等の投資、資産運用もはじめ、爆発的な利益を上げ続けている。
という、経歴の持ち主。
その師匠のブログの記事から溢れる
圧倒的な知識量に、
驚きを感じずにはいられなかった。
そんな師匠のブログを
すみからすみまで読み漁り、
ネットビジネスとはどういったものか、
という基礎基本を毎日毎日、学びました。
「なるほど。SNSに依存するとこういう場合に困るのか・・・」
「ライティングってヤバ・・。これ知ってるだけでも全然違うじゃん」
とか。
それこそ昼夜を問わず、
マウスのスクロールとクリック音が
止むことは無かった。
そして、
読んでは重要だと思ったことを
エクセルにまとめて、
すぐに見れるようにしておいたり、
師匠のメルマガに登録して、
メルマガ一つ一つを保存して、
どういう風に書いているのかを見ていく
といった、かなり地道なこともしていた。
そんな日々が続く中。
その日は突然、訪れた。
師匠からのコンサル募集のメール通知。
「ん?・・っええ!?マジか!!」
目を見開き、
前のめりになって画面に釘付けになる。
震える指と焦る気持ちを抑えつつも、
コンサルの内容を確認した。
「問題ない・・・と思う」
メールが来たタイミングで
もう既に心は決まっていた。
だが、それでもなお、
「・・・本当の本当に大丈夫なのかな?」
完全にその不安が無いと言ったらウソだった。
世の中に絶対は無いし、
その手の悪徳商法を行う業者もいるのは
熟知している。
でも、それと同時に、
自分が大きく飛躍するチャンスでもあると
直感的に感じてもいた。
昔はこういった時、
常に様子を見てから動く慎重派だった自分。
でも、今、頭によぎったのは、
「チャンスは準備された心に降り立つ」
という言葉だった。
何かの本で読んだ言葉だ。
そのチャンスが今、目の前にあった。
今ここで飛び込まなければ、
恐らく次はない。
また数年間、
答えの見えない独学という
暗中模索を繰り返す事になる。
「そんな余裕は・・・ない」
たったの数分間。
頭の中で、
家族への想いを始めとした
様々な思いが駆け巡った。
そして・・・
覚悟を決めた。
過去の自分と決別すると。
「おりゃ!」
わずか7分。
それは私が師匠のコンサルに申し込んで
受理されるまでの時間。
時間で表すと、とても短い時間だ。
でも、その間に巡らせた感情は、
とても7分では言い表せない
深く濃いものだった。
***
受理された後は早かった。
あれよあれよという間に
独学時に書いていたブログを
師匠にチェックしてもらう事に。
ぶっちゃけメッチャ緊張した。
当時、利益が出てないのはモチロン、
他人からブログの評価を受けるのも
初めてだったから。
その結果・・・
「ツツジさんのブログ、見せて頂きました。
その上で率直に言わせていただくと・・」
ゴクリ。
「今のままだと稼げません。
稼いでいくのに最低限必要な
要素が足りていないので。
要するに、“今の延長線上に成功はない”
という事です」
グハァ!
いきなりハンマーで頭をカチ割られた。
分かってた事だけど、
やっぱり直接言われるのはつらい。
師匠の話は続く。
「ただ、さすがに100記事以上書いてるので、
ライティング力には問題はありません。
良く書けています。
問題点を挙げるとしたら、
“記事の構成力”が足りないくらいですね。
ここの部分は恐らく意識すらしていないかと」
頭をカチ割られた衝撃からどうにか立ち直り、
頭をフル回転させた。
「構成力・・・ですか?」
何と無くノリで記事を書いていた自分には
正直「?」な事だった。
「そうです。構成力。分かりやすく言えば、
起承転結ってありますよね。
4コマ漫画みたいに。
ああいった構成がツツジさんの記事には
無いんですね」
「あー・・・全然考えて無いですね・・」
素直に答えた。
当時の私の記事は、感情のおもむくまま、
言いたい事を言ってただけの記事が
ほとんどだったのだ。
「勿論、ツツジさんのような記事の書き方も
ブログの一記事としては必要です」
「ですが、全部そうしてしまうと、
どうしても自分勝手な記事の
オンパレードになってしまって
読み手にとってわかりにくくて、
読みづらい物になっちゃうんですよ」
ぐうの音も出なかった。
「とりあえず方向性は見えたので、
一旦は現状の問題点と解決方法を
洗い出して対処しましょう。
そこからちょっとずつ
仕組み化を進めていきますね」
ん?仕組み化?
謎ワードがまた出てきた。
「仕組み化って、
どういう事をするんですか?」
そう聞くと師匠は
「分かりやすく言うと、
自動で収益を生み出す流れを
作ることですね。
良く言われるイメージとしては
自動販売機が良い例です」
「その辺も資料としてお渡ししますので、
読んでいただければ理解いただけると
思いますよ」
そういって師匠によるブログチェックが完了した。
細かくはまだ分かんないけど、
「(ちょっと面白そう・・・)」
と思った。
次の日、
ブログの改善点とその改善方法、
そして仕組み化に関する資料が
まとめて送られてきた。
そこには、
当時の自分では思いも付かないような
指摘や考え方、具体的な改善方法、
そして仕組み化とは何かについて
詳細に書かれていた。
「すごい・・・」
思わずそんな感想が漏れてしまった。
「ツツジさんの課題は
お渡しした改善の実施と
仕組み化の理解を進める事です。
まず、ご自身のペースで進めてみて、
困ったらいつでもメールしてください」
そう締めくくられた師匠からのメールを見て、
私はあらためて気合を入れ直した。
「おっし、やることが分かれば
こっちのもんだ!」
と。
そこから先はもう、
勉強、勉強、実践、勉強、勉強、実践。
本当にそのエンドレス。
「なんか受験生みたい。笑」
ってくらい情報を詰め込みまくった。
と言っても、
当時は基礎中の基礎すら知らなかったのだ。
勉強して学ぶ以外に選択肢は無かった。
勉強をしていて思ったのは、
「楽して稼ぐ」ってのは、
実は本当に存在しているという事。
でも、多くの人は
その「楽して稼いでいる時」しか見ていない。
楽して稼ぐまでにどれだけの下積みがあるか、
それが見えていないのだ。
楽して稼いでいる方の多くは、
その“前段階”に、かなりの努力をしている。
その結果、
「今、楽して利益を得ている」のだ。
これが「楽して稼ぐ」の真実。
それを知って、
正直ちょっとだけガッカリした。
でも、
「ツツジさんも一度でもそのレベルになれば、
後はもうアガリですよ。
自分で働かなくても、
寝てても収入が増え続けるので」
「ただ、正しい知識はキチンと
身につけてください。
間違った知識や中途半端なのが
一番良くないので」
「特に世の中には間違った知識を持って
起業する方がとても多いんです。
それは経営者でもあっても」
「例えば、悪い例の典型で言えば、
経営側である社長が自ら働いたりするとか。
これは社長が何をすべきなのかという
視点が完全に抜け落ちてると言えます」
「そもそも経営者である社長は
経営に関する事以外は
するべきじゃないんです」
「社長のすべきことは、たった3つ。
社員に給料を払う事。
会社における仕組みづくりをする事。
マーケティングをする事」
「これらが社長の役目であり、
それが出来る社長こそ、
本当に莫大な利益を
生み出すことの出来る社長なのです。
これは“知識”がある経営者であれば
誰もが知っている事です」
「ネットビジネスに関わらずビジネス全般は、
正しい知識さえあれば
決して難しいものではないし、
誰でも成功できるものなんです」
そう語る、師匠。
今まで何も誇れるようなモノもなく、
何かを成し遂げたことのなかった自分。
そんな逃げてばかりだった自分に、
本当に起業なんて可能なのだろうか?
そう何度も心の中では思ってた。
それを師匠は事もなげに、
「ネット起業なら、
知識があれば誰でも出来る」
と言うのだ。
そこには、
数多の挑戦から得られた確固たる自信と
経験から裏付けされた説得力があった。
その様子を目の当たりにして、
私が今まで見てきた世界や
信じていた常識とは
根本的に異なる価値観を師匠は持っている。
そう感じた。
それと同時に、
「こんな自分にも十分可能性がある!」
と言う事を強く励まされた思いがした。
そこから私はあらためて、
ネットビジネスとは何なのかを学び直した。
例えば、アフィリエイト。
ネットビジネスの代名詞とも言える言葉だけど、
世間一般ではその言葉の響きだけで
「なんか怪しい」と敬遠されている。
でも実は、
アフィリエイトは単なる「販売代行」であり、
携帯電話の代理店とかと同じ
ビジネスモデルの一種に過ぎないとか。
ネットビジネス=情報商材ではなく、
インターネットを使った
ビジネス全般を指しているとか。
ネット上に24時間365日ずっと、
価値提供できる仕組みを作れば、
自分は働かなくても収入を得られるとか。
ネットビジネスを勉強すれば、
ビジネスで必要な技術を全て学ぶ事が出来る。
だから、法人のコンサルティングや、
インターネットと実業を組み合わせた
ビジネスなども、
自分で作り出すことも出来るとか。
挙げ始めたらキリがない程に勉強した。
そして、学ぶにつれて着実に、得た知識が
自分の中に蓄積されていることを感じる。
そして、それを少しずつ、
自分のブログに組み込んでいく。
それはプラモデルを組み立てたり、
積み木を積み上げるイメージ。
「なんだか、ちょっと楽しくなってきた。笑」
そんな事を考えながら、
私は簡単に作れるツイッターの仕組みと
ブログの仕組み化を進めた。
最初に発生した利益はツイッターからだった。
たった1通の
「収益発生レポート」と言うメール。
そのメールに書かれた、
1,400円
と言う文字。
ここから私の、
“逆転の歯車”が音を立てて回り始めた。
それは、
たった半月で作ったに過ぎない簡単な仕組み。
それでも確かに利益は発生し、最終的には、
一ヶ月で10個以上の商品を売ったのだ。
約2万円の利益。
額としては確かに大きくないかも知れない。
だが、生まれて初めて、
“自分の力だけで“稼ぐことの出来た
大きなお金。
1年の苦労が報われた思いがして、
涙が出るほど嬉しかった。
その一ヶ月後。
ブログの仕組み化も完了し、
動かしてみた所・・・。
動かし始めた1週目で、
まさかの5万円の利益が発生するという
嬉しい誤算が発生することに。
まだまだ改善の余地がある中で、
利益が発生するということは、
「利益の伸び代が非常にある」
という事を暗に言っているのだ。
その仕組は、現時点においても、
現役で私の収益の柱の一本となっている。
また、師匠からは
ネットビジネスだけでなく、
「マーケティングのいろは」
についても学ばせてもらった。
どのようにしたら、
個人・法人向けのコンサルティングが
出来るようになるのか、
その具体的な考え方を知る事ができたのだ。
実際に、そのコンサル手法と
マーケティングの本質を学んで、
「確かにそれやられたら顧客は納得するわ」
「知識ってマジでやばい・・」
と何度も戦慄したものだ。
しかも、
このマーケティングと言う技術は
あらゆる業種に使える
反則的な”チート技術“だったりもする。汗
「マーケの知識をちゃんと学んで
仕組みを作れば、
誰でも年収3000万円くらいまではいけます。
まずはそこまでいってみてくださいね」
そういう師匠はいつも通り。
冗談でも、誇張でもなく、
やれば出来るという事実だけを伝えてくる。
以前の私だったら、
年収3000万円と言われても、
全然ピンと来なくて、
そんなの無理だよと言ってたと思う。
でも、今は違う。
ちゃんとそこまでのプロセスが
明確に描けるから、
具体的に何をすれば良いのか、
現実感を持って頑張れる。
モチロン、
まだまだ学ぶことだらけだけど、
飛び込んでみた起業の世界は、
毎日が刺激的で最高に面白い。
それは胸を張って言えることだ。
そして、あらためて思う。
あの時、
自分の気持ちに素直になって正解だったと。
あの時、
会社を辞めて本当によかったと。
今、自由な時間を手に入れて、
家族といられる幸せな時間をかみしめながら、
私は、昔の自分の決断に感謝したのだった。
~~ツツジの物語(ビジネス編)おわり~~
どうでしたでしょうか?
なかなか面白い経験をしたなぁ、
と振り返った今でもそう思います。
師匠の言う通り、
ちゃんとした知識を学べば
誰にでも仕組みは作れる
ということを
私自身、実践しながら感じています。
これからも自分に素直に、
さらなる上を目指して
がんばっていきたいですね。
ブログでは書けないことも、
メルマガで紹介しているので、
興味があればぜひ見てみてください。
良ければ、こちらもあわせて読んでみてください。